名古屋高等裁判所 昭和59年(ウ)131号 決定 1984年8月31日
申立人(控訴人)
小牧岩倉衛生組合
右代表者管理者
小牧市長
佐橋薫
右代理人
石原金三
同
塩見渉
同
花村淑郁
同
杦田勝彦
右指定代理人
服部勝彦
外三名
被申立人(被控訴人)
篠田徹
外一五一名
右被申立人ら代理人
浅井得次
同
今井安栄
同
小島隆治
同
佐藤典子
同
名倉卓二
被申立人
小島善
外六名
主文
名古屋地方裁判所が同庁昭和五七年(ヨ)第二五七号建設工事禁止仮処分申請事件について昭和五九年四月六日言渡した判決主文第一項は、同事件の控訴審の判決言渡までその執行を停止する。
理由
一本件申立の趣旨及び理由は、別紙「申立の趣旨」及び「申立の理由」に記載のとおりである。
二当裁判所の判断
1原判決をみるに、原審は、申立人が愛知県小牧市大字野口地区に建設したごみ処理施設(以下「本件焼却場」という。)につき、これが建設を決定した手続面については被申立人ら主張の瑕疵は理由がなく、また、その施設における公害物質除去装置及び悪臭、振動、騒音等の防止対策も一応十分なものと認めながら、申立人の実施したアセスメントはその規模、内容に照らし著しく不十分なものであつて、アセスメントの名に値しないとし、更き十分なアセスメントを右一年間に亘り実施することが必須要件と認められるとしたうえ、このようなアセスメントに欠ける状態で操業を認めることは、公害発生による受忍限度を越える健康被害をもたらす蓋然性が大であるとし、かつ、保全の必要が認められるとして、被申立人らの人格権に基づく本件焼却場の操業の差止申請を認容したものであることは明らかである。
ところで仮処分判決に対して控訴が提起された場合、原則としてその執行を停止することは許されないが、具体的になされた仮処分の内容が権利保全の範囲にとどまらず、その終局的満足を得させ、もしくはその執行により仮処分債務者に対し回復することのできない損害を蒙らせるおそれがあるような場合には、例外として民訴法五一二条を準用してその執行停止を求めることが許される(最高裁判所昭和二五年九月二五日大法廷決定・民集四巻九号四三五頁)。しかしながら、右執行停止が仮処分制度の目的を滅却する危険の極めて大きいことに思いを致せば、これが申立に対する判断は特に慎重であることが求められるといわなければならないが、なかんずく本件のごとき仮処分判決は、その執行停止が直ちに被申立人らの健康あるいは生命、身体に重大な影響を及ぼすおそれを蔵するものというべきであるから、かかる事案に関しては、叙上の要件に併せて、仮処分判決の取消または変更の原因となるべき事実が看取されること、原判決の内容に即して端的にいえば、申立人が本件焼却場の操業を始めても、被申立人らに対し公害発生による受忍限度を越える被害をもたらす蓋然性の少ないことが疎明される場合においてのみ、執行停止が許されると解するのが相当である。
2右の見地に立つて検討するに、本件に顕われた資料によれば、次の各事実が疎明される。
(申立人の蒙る損害について)
(一) 申立人は、小牧市及び岩倉市がごみ焼却場の設置及び維持管理を共同で処理するため、地方自治法二八四条一項の規定に基づいて設けた一部事務組合であり、昭和四一年一月、岩倉市川井町に焼却処理場(以下「旧焼却場」という。)を建設して、両市で発生する家庭ごみ等の焼却処理を行つてきたものであるところ、旧焼却場が老朽化し、かつ、焼却能力が日々排出されるごみ量に及ばぬ状態に立ち至つたため、昭和五七年二月から本件焼却場の建設にかかり、総事業費八二億余円を投じて、昭和五九年三月、これが竣工をみたものである。
(二) 旧焼却場は、(1)機械化バッチ式焼却炉二基を備え、建設当初は一日八時間稼動して一基当たり二〇トンの処理能力を予定していたものであるが、すでに通常の耐用年数一〇年を大幅に経過しているうえ、小牧、岩倉両市の人口の急増によるごみ量の増加に伴い、昭和四六年ころから一日二四時間の連続運転を余儀なくされてきたため、炉本体基礎の歪み、各駆動部の摩耗、炉内レンガの脱落、火床板・コンベア・シュート等金属部分の腐触、熱損のほか、煙突についても、内巻レンガが落下する危険が生ずるとともに、外部に顕著なクラックが現れ、そのため煙突上部にクラックの進行と崩壊を防止する手段としてステンレスバンドを巻いたものの、最近において、右ステンレスバンドの一部が切れて垂り下り、コンクリート片が落下するなどの事故も発生するに至つており、総じて施設の老朽化著しく、防災上憂慮すべき状態にある。(2)更に、周辺には岩倉市川井町、野寄町、北島町の各集落が存するが、旧焼却場には有効な公害防除装置がなく、単に焼却に伴つて発生する排ガスを煙道に設けてある洗煙シャワーで洗い落すだけの原始的な手法を用いているため、これまで再三にわたり愛知県江南保健所から排出ガス及び排出水を大気汚染防止法、水質汚濁防止法等に定める排出基準に適合させるよう改善勧告を受けてきた経緯があり、公害防止の面からも懸念される状況にある。
(三) 申立人は、本件焼却場の建設に伴い、右のごとき状態にある旧焼却場を廃止することとし、旧焼却場周辺の住民にその旨約束してきたのであるが、原判決により、予定していた本件焼却場の操業が禁止されたため、対策に苦慮した結果、昭和五九年四月一八日、旧焼却場周辺地区との間に覚書をとり交わし、これにより、申立人主張のごとき五項目の条件をもつて暫定的に旧焼却場を再使用することの承認を取り付け、同年六月一五日までに旧焼却場につき当面の炉の補修と塩化水素除去装置の設置工事を終えた。しかし、右工事も所詮は一時の弥縫策に過ぎず、旧焼却場の補修工事を担当した業者においても、旧焼却場の焼却炉は既に限界を過ぎ、有効な修理を加えることは不可能であり、心臓部であるストーカー駆動装置が何時破損するか予測しえない状態にあることを検査所見として指摘している。
(四) かくして、申立人は、原判決後の対応策に一億一一三〇万円余の費用を計上して旧焼却場の再使用にこぎつけ、小牧、岩倉両市から排出される一般廃棄物につき、埋立処分場に投棄する分を除いて、一部の処理を西春日井郡東部衛生組合に委託し、その余を旧焼却場で焼却処理しているのが現状である。そして、周辺地区との間で再度協議を義務づけられている昭和五九年一〇月以降の旧焼却場の使用については、前述のような施設の現況等に鑑みるとき、継続使用が可能になるとの見通しは極めて困難である。
(五) 申立人は、本件焼却場の操業開始に備えて技術専門職を中心に一〇名の職員を新規に採用し、右焼却場に総勢四二名の職員の配置を予定していたものであるが、原判決により、これら要員の処遇につき再検討を迫られている。加えて、申立人は、複雑な精密機器を備えた本件焼却場の将来の使用を十全なものにするために、昭和六〇年三月末日までの分として五四六一万円を計上して、メーカーである三菱重工業株式会社等にその維持管理を委託しているが、右三菱重工業株式会社からは、昭和五八年末の機器据付及び乾燥焚完了後、既に相当期間を経過しており、今後なお運転休止の状態が長期に及ぶ場合には、一部機械装置類の自然経時劣化、殊に高度に自動化された各種装置の機能低下、耐火材の吸湿劣化等が進行する可能性も予想され、極端な性能、機能の低下はないにしても、これら事態の累積により、原契約に約束したプラント全体並びに各種機械装置類の性能・機械保証事項を損う可能性が危惧されること、したがつて、今後の推移によつては、一部機械装置類を、より完全な状態で保管するため、取り外しのうえ専門メーカーの許で保全することを考慮する必要が生じ、その場合には相当の経費増となることは避けられないことが指摘され、また、同様に機械設備の保守点検に当たつている極東開発工業株式会社からも、休止期間がさらに長期化すると、精密機械ゆえに性能的に問題の生じうることが指摘されるに至つている。
(六) なお、本件焼却場の建設事業費のうち三〇億一〇〇〇万円は地方自治法二三〇条一項に定める地方債で調達されているところ、その利子として一日当たり約五九万円を要し、また、本件焼却場の建物、機械設備等の固定資産減価償却額は年間一億二六六〇万円に達する。
(操業に伴う公害について)
(一) 本件焼却場は、一日当たり一五〇トンのごみを焼却しうる連続燃焼式焼却炉(三菱マルチンMR―B―二一一型)を二基備え、焼却の工程をすべて自動化し、中央制御室で遠隔操作のできる集中管理方式を採用し、各種データ処理にはコンピュータが導入されている。また、公害物質除去装置及び悪臭、振動、騒音等の防止対策について重大な欠陥が認められないことは前示のように原判決の認めるところであるが、塩化水素と硫黄酸化物についてはガデリウス社製の半乾式ガス吸収装置「フレクトナテコ」を、ばいじんについては同じくガテリウス社製の電気集じん機を、窒素酸化物については三菱重工業株式会社製の燃焼温度自動制御装置がそれぞれ設置されており、各メーカーは、それぞれの排出濃度について、大気汚染防止法等に定められた排出基準を下回る値が確保されることを保証している。
(二) 本件焼却場には、燃焼に伴う排出ガスを常時監視するため、煙道に窒素酸化物及び二酸化硫黄排ガス分析計と塩化水素及び酸素濃度分析計が取り付けられ、排出ガスを二四時間連続測定して、三〇秒ごとにその計測値を中央制御室に電送し、デジタルで表示される仕組みになつており、作業員は、表示された排ガス濃度をチェックしながら各装置の稼動状況を監視するとともに、本件焼却場の煙突頂部に設置された温度計によつて、常時排ガスの温度を計測し、また、モニターテレビで煙流の状況を監視する体制になつている。
(三) 更に、申立人は、被申立人らの住居地を含む野口住居地域に固定点を定めて二四時間連続環境濃度測定器を設置し、大気中の塩化水素、窒素酸化物、二酸化硫黄及び浮遊粒子状物質を操業後一年間にわたり測定するとともに、四季別の主風向等の気象条件を考慮して、季節ごとに各一回、煙源風下を中心に数か所の移動測定点を設置して四八時間連続測定を実施し、操業の環境に対する影響を観察する体制もとられることになつている。
(四) 右のような環境モニタリングシステムの正確を期するため、申立人は、二九〇〇万円の予算を計上して、既に昭和五九年七月一日から、日本気象協会東海本部に委託して通年にわたる周辺の気象調査に着手しており、また、小牧市においては、公害防止の見地からごみの分別収集を始め、昭和五九年七月以降、炭酸カルシューム入の収集用ごみ袋を指定して右分別収集の徹底を図るに至つている。
(五) 申立人は、昭和五九年八月八日、組合議会において「住民の健康で快適かつ良好な環境を保全することを目的」とする「小牧岩倉衛生組合環境センターの公害の防止に関する条例」を可決・制定し、同月一三日これを公布したが、同条例の第六条において、管理者は本件焼却場の操業に伴つて「排出されるガス等が公害防止計画に定める排出等の基準に適合しなくなつたときは、速やかに操業を縮少し、又は停止する等必要な措置を講ずるものとする。」旨定めるとともに、同条例に基づいて「大気、水質、騒音、振動、臭気の排出等の基準値」(大気汚染に係る環境基準の維持を含む。)を定めた「公害防止計画」を策定し、これを右八月一三日に公表して、本件焼却場の操業につき公害防止のためにみずからを規制する姿勢を示している。
3 以上の諸事実に基づけば、原判決の効力を維持するときは、申立人に対して回復することのできない損害(申立人が一般廃棄物の速やかな処分を義務づけられた地方自治法上のいわゆる一部事務組合である以上、公益上の損害も申立人の損害と同視することができる。)を生ぜしめるおそれがあること、併せて、申立人が本件焼却場の操業を始めても、被申立人らに対し公害発生による受忍限度を越える健康被害をもたらす蓋然性は少ないこと、が一応認められるといわざるをえない。
よつて、本件申立を認容することとし、主文のとおり決定する。
(中田四郎 名越昭彦 三宅俊一郎)
〔申立の趣旨〕
被申立人ら(第一審申請人ら)、申立人(同被申請人)間の名古屋地方裁判所昭和五七年(ヨ)第二五七号建設工事禁止仮処分申請事件の仮処分判決中、被申請人は別紙物件目録(一)記載の土地上の同目録(二)記載のごみ処理施設を使用してこれを操業してはならない、との部分の執行は、控訴審の判決があるまでこれを停止する。
〔申立の理由〕
第一本申立てに及んだ事情
一 小牧・岩倉両市において増大するごみ量
小牧市と岩倉市は、近時大都市名古屋の定住圏内の近郊都市として、ベッドタウン化が急速に進み、人口の増加が著しく、このため家庭ごみの発生量は増加の一途をたどつており、市民の消費生活の向上がこれに拍車をかけている。
現在、両市において収集する家庭ごみ量は、一日実に一二〇トン以上に達しているのである。
小牧・岩倉両市においては、このように増加する家庭ごみの処理が、かねてより緊急の行政課題となつており、両市は、地方自治法第三章の規定に基づいて昭和三九年九月、申立人(第一審被申請人)である小牧岩倉衛生組合(以下「申立人組合」という。)を設立し、申立人組合において、同四一年一月、岩倉市川井町に焼却処理場(以下「旧焼却場」という。)を建設して、両市で発生する家庭ごみの焼却処理を行つてきた。
二 旧焼却場の老朽化の現状
従来、両市において処理を要する家庭ごみは一日当たり約一二〇トン発生し、そのうち約九〇トンを旧焼却場で焼却して中間処理をなし、その焼却残灰及び焼却し切れなかつた生ごみを不燃ごみとともに小牧市大字大草字年上坂の不燃物埋立処分場(以下「埋立処分場」という。)に埋立てて最終処理をしていた。
しかし、旧焼却場は、昭和四一年に建設され、既に一八年間継続使用しているため、建屋は老朽化が進み、建屋内の設備にいたつては、二基の焼却炉はもとより、諸施設が焼却熱による膨張のため耐用の限界に達し、現在では、消防防災上から、その操業の廃止が迫られており、一刻の猶予も許されない段階にいたつている。
また、設備自体も旧式で、所要の公害防除装置は無いにひとしく、煙突からの排出ガスは規制基準にすら適合していないことも多々ある。
このため、愛知県江南保健所から再々にわたり、改善勧告を受けている状況にある。
加えて、旧焼却場の至近約七五メートル付近から民家が連たんしているため、周辺住民に対する影響もすこぶる憂慮されている状況にある。
しかも、旧焼却場の二基の焼却炉の処理能力は、本来二基で一日四〇トンに過ぎず、これを右のような劣悪の施設条件の中で三交替操業で酷使して、無理やり一日九〇トンの焼却を行うとともに、それでも処理できなかつたごみは直接埋立処理して、やつと急場をしのいでいる有様である。
このように両市のごみ処理は、一刻の猶予も許されない段階に立ちいたつており、本件焼却場の操業開始が今や遅しと待ち望まれていたのである。
三 本件焼却場の建設
本件焼却場は申立人組合が小牧市大字野口において、昭和五六年九月から土地造成にかかり、同五七年二月に着工し、総事業費八二億余円の巨額の事業費と、二年六か月の歳月を要して、ようやくにして同五九年三月、竣工をみたものである。
本件焼却場は、一日当たりの焼却能力三〇〇トンという中小の地方自治体としては類をみない大きな規模を備え、施設面では堅固な鉄骨鉄筋コンクリート造りで、完全密閉のできる建屋内に現時点における最高水準の技術を結集したものであつて、焼却のすべての工程が自動化され、中央制御室で遠隔操作のできる集中管理方式を採用し、各種データ処理にはコンピューターを導入している。
そして各種公害の防止には、最善を尽くし、次に述べるとおり、法令上の各排出基準をはるかに下回る値が確保できる全国的な水準に照しても最新鋭の各公害防止装置を備えているものである。
四 本件焼却場の最新鋭の公害防止装置
本件焼却場は、公害の防止のため、特に最新鋭の技術を結集し、排出ガスのうち、塩化水素と硫黄酸化物についてはガス吸収装置で除去し、ばいじんについては、高性能な電気集じん装置で除去し、窒素酸化物については、その発生を抑制するため最新技術である燃焼温度自動制御装置を設置して、炉内温度を厳重に管理するなど万全を期している。
本件焼却場に設置されている諸施設によつて、焼却場から排出される大気汚染物質は、煙突出口において左記のとおりであり、大気汚染防止法等の排出基準を大きく下回る値を確保し得る。
物質
硫黄酸化物
塩化水素
窒素酸化物
ばいじん
排出濃度
(一時間平均値)
三〇PPM以下
五〇PPM以下
一五〇PPM以下
0.05g/Nm3以下
排出基準
K値9.0
容積濃度換算
(一五〇〇PPM相当)
七〇〇mg/Nm3
容積濃度換算
(四三〇PPM相当)
二五〇PPM
0.2g/Nm3
五 本件焼却場の環境影響調査の実施
本件焼却場からの排出濃度は、前記のごとくいずれも法令の排出基準を大きく下回つているが、さらにこれらの大気汚染物質が大気中の拡散を経て、周辺の土地にいかなる着地濃度で到達し、環境にいかなる影響を及ぼすかについて確認するため、申立人は次のとおり十分な調査を遂げ、その結果、いずれも環境基準等を十分に達成し得ることを確認した。
1 エンゲル・フエルト社の環境影響調査
申立人組合は、昭和五四年八月株式会社環境管理研究所エンゲル・フエルトに対し、本件焼却場についての環境アセスメント調査を委託し、同社は現況調査を遂げたうえ、建設工事に伴う影響については、騒音、振動、土砂流出、雨水対策の予測調査をなし、稼動に伴う影響については、大気汚染、騒音、振動、悪臭、排水処理の予測調査を実施した。
その予測調査の内容は、疎乙第六号証のとおりであるが、大気汚染物質に関し、硫黄酸化物、ばいじん及び窒素酸化物(それぞれ二酸化硫黄、粒子状物質及び二酸化窒素として)並びに塩化水素についておのおの最大着地濃度を予測し、本件焼却場が操業された場合であつてもこれらの物質による環境への影響がない旨次のとおり報告している。
① 二酸化硫黄
排出濃度を三〇PPMとするとき、年平均値は排出地点から1.8キロメートルの地点で0.002PPM、ヒューミゲーション(逆転層が日射により解消するときに生ずる現象)時においては、0.6キロメートル地点で0.055PPM、ダウンオッシュ(強風時に煙突等の後方に煙流がまきこまれる現象)時では、0.1キロメートルの地点で0.012PPM(風速を毎秒八メートルとして予測)となる。
② 塩化水素
排出濃度を五〇PPMとするとき、年平均値は、前同地点で0.0032PPM、ヒューミゲーション時においては、前同地点で0.092PPM、ダウンオッシュ時では前同地点で0.02PPMとなる。
③ 粒子状物質
排出濃度を0.05g/Nm2とするとき、年平均値は前同地点で0.0032mg/Nm2、ヒューミゲーション時においては、前同地点で0.092mg/Nm2、ダウンウオッシュ時では前同地点で0.02mg/Nm2となる。
④ 二酸化窒素
排出濃度を一五〇PPMとするとき、年平均値は前同地点で0.0094PPM、ヒューミゲーション時においては前同地点で0.276PPM、ダウンウオッシュ時では前同地点で0.06PPMとなる。
(なお、ヒューミゲーションは、一年のうちごく限られた期間にしか生じないものであり、かつ持続時間もごく短いものであることから、このときにおける予測結果は、環境にはほとんど影響を与えないものと考えられる。)
右の予測結果と当該大気汚染物質の人体及び植物への影響を比較検討した結果、これらによる影響はないものと判断する。
2 拡散式計算による環境影響調査
申立人組合は、また自ら昭和五七年一月から一二月における気象資料をもとに、大阪府立大学教授伊藤昭三の指導を受けて、本件焼却場操業による大気汚染の影響につき、拡散式計算による予測を行つた。
その詳細は、疎乙第五五号証の二のとおりであるが、これを次のとおり解説する。
① 拡散式
拡散式は、煙突からの煙の拡散で最も多く用いられているブルームの式を用いた。
② 拡散計算の結果
窒素酸化物、塩化水素、ばいじん、硫黄酸化物について、パスキルの安定度階級による大気安定度A(強い不安定)、B(並の不安定)、C(弱い不安定)の場合を設定して拡散計算を行つた。
(なお、パスキルの安定度階級によれば、A、B、Cも日中における日射が比較的強く、風速の弱い時に出現するもので、このときにおいては、一般的に煙突の近傍で高濃度汚染が予想される。)
また風向は、北の風、風速は1.0メートル/秒とした。
右の計算結果によると、一〇分間平均濃度の最大着地濃度は、
窒素酸化物 0.02PPM
塩化水素 0.01PPM
ばいじん 0.006mg/Nm2
硫黄酸化物 0.004PPM
であつた。
ところで、本件焼却場近隣の小牧消防署の観測によると、当地域の風速は日中比較的強く、五メートル/秒程度か、それ以上に達している。一般的に、地上汚染濃度は、風速が強くなると低減の傾向を示す。
したがつて、風速五メートル/秒を越えるという実際の気象状況においては、右の計算値よりはるかに低い着地濃度になることが容易に理解できよう。
さらに当地方は日中の大部分が大気安定度C又はD(中立)の状態にあり、先に述べたA又はBの状態が極めて少ないこと及び通常は煙突近傍においてC又はDよりA又はBの方が高濃度となることを考えればなおのこと右の予測値がいかに安全側に立つたものであるかが理解できるはずである。
③ 平均状態の拡散計算
以上は、単純に風速を1.0メートル/秒、風向を北の風と仮定したうえでの拡散計算であつたが、次に小牧消防署における昭和五七年四月、八月、一〇月、一二月の平均的な風向、風速及び中京テレビ東山タワーにおける温度勾配から求めた大気安定度を用いて、窒素酸化物とばいじんについて前記同様の拡散計算を行つた。
右の拡散計算結果は疎乙第五五号証の二の図九二ないし九九のとおりである。これによると、一年の四季の代表である四月、八月、一〇月、一二月を通じての最高値は、
窒素酸化物で 0.001PPM
ばいじんで 0.0003mg/Nm2
以下であり、環境基準等に比較してはるかに低い値となることがわかつた。
大気汚染に係る環境基準
汚染物質
一日平均値
二酸化窒素
0.04~0.06PPM
浮遊粒子状物質
0.10mg/m3
注
一 右記環境基準を月平均値に換算することは、一般化していない。
二 右記環境基準を年平均値に換算するとおおむね一日平均値の二分の一程度といわれている。
三 前記拡散計算値は、月平均値であるのでこれを環境基準と比較するためより安全側に立つて年平均値であると仮定し、注二による年平均値と比較した。
④ 以上の拡散計算の結果により、次のことが確認されている。
たとえ右の各計算において、仮定として与えられた最悪の気象条件が現出したとしても、その時の汚染は、各汚染物質の環境基準等をいずれもはるかに下回る。
3 拡散実験による環境影響調査
申立人組合は、更に高濃度が出現する可能性が大きい逆転層の出現時及びその解消時における汚染物質の拡散状況を現地において具体的に把握するため、財団法人日本気象協会東海本部に委託し、昭和五八年一一月九日、現地においてトレーサーガス放出による拡散実験を実施し、この拡散実験結果を用いて本件焼却場が稼動した場合の各大気汚染濃度の推計を行つた。
(1) 拡散実験が行われた一一月九日の気圧配置は、北高型であり、現地の天気は晴ないし薄曇りで日の出前に逆転層が存在しており、典型的な高濃度が出現する日であつた。
(2) トレーサーガスの放出は①午前五時から同五時五五分まで(RUN1)、②午前七時二〇分から同八時二五分まで(RUN2)、③午前八時五〇分から同九時五五分まで(RUN3)の三回にわたつて行つた。
この結果によれば③において地上から高度二〇〇メートルまで逆転層が解消し、最も高い濃度がみられたがその最大着地濃度出現地点は二五〇メートルで、最大着地濃度は0.0819PPMであつた。
(3) 次に、右のトレーサーガス放出による拡散実験結果を用いて、本件焼却場操業による大気汚染物質濃度の推定計算を行つた。
まず、拡散実験データから、煙源の排出ガスによる煙の上昇分は考えず、トレーサー放出高と同じ高さから煙も拡散するという条件で、次式によりトレーサーガス放出量と、汚染物質排出量の比から、トレーサーガス実測濃度によつて、大気汚染濃度を推定した。
大気汚染推定濃度=トレーサーガス
その推定結果は、最大稼動において別表(1)記載のとおりであつた。
(4) 右の推定計算では、煙の上昇分を考慮しなかつたが、実際の稼動時には、煙の上昇があり、これを考慮し推定した結果は、最大稼動時において別表(2)記載のとおりであつた。
(5) また、本件焼却場稼動後の大気汚染濃度の環境影響をみるため、前項で推定した大気汚染濃度と、昭和五八年一一月五日から同月一一日までの間測定した現況濃度及び環境基準等の比較を行つた。その結果は別表(3)記載のとおりである。
(6) 以上によれば、本件焼却場最大稼動時の大気汚染の状況を接地逆転の存在時から解消時という最悪の拡散阻害の気象条件の中での拡散実験から推定してみても、環境基準等をはるかに下回ることが予測できるのである。
このように各種の予測調査によつても、本件焼却場の操業に伴う大気汚染は、いずれも環境基準等をはるかに下回つており、当地域の環境基準等を達成するについての阻害要因は、一切見い出せないのである。
4 環境影響の総括
本件焼却場は、前述のとおり特に公害の防止には、現時点における最高水準の技術を結集したものであつて、排出ガスのうち塩化水素及び硫黄酸化物については、ガス吸収装置で除去することとし、ばいじんについては電気集じん装置で除去することとしている。また、窒素酸化物については、燃焼温度自動制御装置により焼却炉の燃焼温度を七五〇〜九五〇度間に厳格に制御し、低減対策を徹底しているのである。このため二基の焼却炉が最大稼動するという最悪の煙源条件においても、前記のとおり、その排出濃度は大気汚染防止法等の排出基準を大きく下回るのである。
すなわち、排出濃度を排出基準と比較すると、硫黄酸化物にあつては二パーセント、塩化水素にあつては一二パーセント、ばいじんにあつては二五パーセント、窒素酸化物にあつては六〇パーセントに過ぎないのである。
また、本件焼却場は一日一五〇トンの焼却処理能力をもつ二基の炉が整備され、最大稼動時で三〇〇トンの焼却をすることができる。しかしながら、現況においては、小牧・岩倉両市で処理を要する家庭ごみは一日一二〇トン程度であるから、実際には当面四〇パーセント程度の稼動となることが見込まれる。
したがつて、実際の大気汚染物質の排出量は右の最大稼動時の値の半分以下の値に過ぎないといえるのである。
さらに、本件焼却場は、小牧市の北東部に位置し、市内で最も人口密度が低く、事実活動は殆どなく、交通量も少なく、したがつてバックグラウンド濃度が極めて低いのである。
すなわち、日本気象協会東海本部が、昭和五八年一一月五日から同月一一日まで、本件焼却場に近接する老人ホーム小牧寮の敷地内で実施した大気質現況調査によると、各大気汚染物質の現況濃度は、次のとおりであり、環境基準に比し、大幅に低い値を示しているのである。
大気質現況調査結果
測定値の濃度範囲
物質
日平均値
時間値
二酸化硫黄(PPM)
0.002~0.008
0.001~0.014
二酸化窒素(PPM)
0.003~0.023
0.001~0.050
浮遊粒子状物質(mg/m3)
0.10~0.07
0.01~0.16
このように、本件焼却場の公害防止装置と、当地域のバックグラウンド濃度の状況からすると、本件焼却場の操業によつて環境基準を超える大気汚染の生ずるようなことは到底ありえないことである。
六 原判決後の対応困難な現況
しかる時、名古屋地方裁判所は、昭和五九年四月六日、本件焼却場の使用、操業を禁止する仮処分判決(以下「原判決」という。)をなしたため、小牧・岩倉両市は、予想だにしない右判決に接し、ごみ処理上は極めて重大な危機に直面することとなつた。
すなわち、旧焼却場の使用については、同焼却場周辺住民との間に昭和五八年限りで本件焼却場へ転換するとの約束があり、これが本件仮処分裁判待ちで、昭和五九年三月末まで、さらに同年四月六日までと順次引延ばしてきた経緯にある。
このため、両市の理事者側は、苦悩の極に陥いつたものの、ほかに方策もないまま、緊急の非常措置として、四月七日以降両市において収集されたごみの全部を、とりあえず、埋立て処分場へ運び込みつつ、両市当局は、旧焼却場の地元住民に対し、旧焼却場の再使用について懇請に明け暮れる毎日が続いた。
連日の協議の末昭和五九年四月一八日に至り、辛うじて旧焼却場周辺の区長との間で覚書をとり交わし、次の五項目の条件付きで、ひとまず旧焼却場再使用の承認を得るにいたつた。
(小牧・岩倉衛生組合清掃工場の継続使用に関する覚書)
① 再使用は、新焼却場操業開始まで。ただし、組合は新焼却場の操業禁止の仮処分の解除に努める。
② 有害ガス除去装置の取付と設備補修。
③ ごみ減量やプラスチック類など有害ガス発生原因になるごみの混入を極力抑える。
④ 旧焼却場の再使用状況を地元へ報告、地元から指摘された事項や要望をもつて対処する。
⑤ 覚書交換後、六か月後に、その後の継続使用について協議の上、可否を決定する。
このような経過で、両市は緊急の非常事態だけはとりあえず回避できたものの、老朽の旧焼却場をそのままの施設で再使用することは不可能であり、再使用をするには、至急に焼却炉の補修と公害防除装置の付設を要することとなつた。
しかしながら、旧焼却場は、施設自体老朽化が極限に達しているうえ、敷地面積も3986.4平方メートルと狭あいであるため、施設の補修や改善にはおのずから限界がある。加えて、約七五メートルの至近距離に民家が連たんしており、仮に右補修を行い、公害防除装置を設置したとしても、消防防災上及び公害対策上、もはや、「焼け石に水」ともたとえるべき状況で、さしたる効果も期待できないことは明らかであり、要するに周辺住民の犠牲の上に操業を継続再使用することになるのである。
七 控訴提起と共に本申立てに至つた理由
原判決はこれを検討すると、後述のとおり重大な判断の誤りをおかしている違法なものであるから、申立人組合は、昭和五九年四月一九日、御庁に対し控訴を提起したところ、原判決の執行力により、本件焼却場の使用、操業が禁止され続けるならば、小牧、岩倉両市のごみ処理は事実上不可能となり、他に解決策も見い出せないまま、旧焼却場周辺の住民に犠牲を強い続け、かつ衛生上、防災上不測の危険さえなしとせず、かくては両市一五万市民の生活環境の保全と公衆衛生の確保のうえから、回復し難い損害が生ずることとなるので、控訴にともない本執行停止の申立てに及んだしだいである。
第二原判決の違法性
一 原判決の概要
原判決は、本件焼却場の使用と操業の禁止を命じたものであるが、その判決理由は、概ね次の構成となつている。
すなわち、本件焼却場の施設と公害防止に関し、
① 被申請人の公害物質除去装置並びに悪臭、振動、騒音防止等の対策は一応十分なものと認められ、重大な欠陥があるものとは、認められない
としながらも、
② 焼却場の事業自体が公害の汚染源を発生させるものであるから、法制度として規制されていなくともアセスメントは不可欠である
と前提したうえ、
③ 被申請人の実施したアセスメントは、現地調査の要件を欠き、アセスメントとしては著しく不十分なものというべく極言すればアセスメントの名に価しない
と評価し、その評価に基づきアセスメントが存在しないとした立場から、
④ 申請人らにとつてみれば、本件ごみ焼却場が現状のままで操業された場合、環境基準値を上回る濃度の公害物質により人体が汚染され、健康が害される蓋然性が大であると危惧の念を抱くであろうことは容易に推測される
⑤ 当裁判所も、現状のままで操業を開始するとすれば、右操業により申請人らが身体上の被害を被る蓋然性が大であると判断せざるを得ない
として公害発生の蓋然性の存在を認定し、その結果、
⑥ 申請人らは、被害発生予防のため物権又は人格権に基づいて、被申請人に対し、妨害排除ないし、妨害予防請求権を有することは明らかである
として完成した本件焼却場の操業を禁止したのである。
しかしながら、原判決の右判断は、以下に述べるとおり、仮処分申請事件における被保全権利、保全の必要性の認定判断につき重大な誤りがある。
二 被保全権利の欠如
原判決は、本件仮処分申請における本件焼却場の禁止請求権の被保全権利につき、著しい論理の飛躍を看過したまま、これを認定したもので違法である。
1 被害の蓋然性とその疎明責任
本件ごみ焼却場が小牧・岩倉両市における市民の健全な社会生活を維持発展させるために不可決の施設であつて、最高度の公共性を有するものであることは異論はなく、従つて、その操業の差止が認められるというためには、まずもつて、ごみ焼却場の操業に伴い申請者らの権利が侵害されるという被害の蓋然性が極めて高い程度において立証疎明されなければならない。
すなわち、公共性の高い事業については、申請人らにおいて被害の蓋然性が右のとおり疎明されたとき、次に、その被害と公共性その他の事情との利益衡量判断へと進み、はじめて、差止請求権の存否が決せられるのである。
2 原判決における被害の蓋然性に関する判断の欠落
しかるところ、原判決は、申立人組合の実施した、アセスメントが不十分で、無きに等しいと評したのち、その結果、申請人(被申立人)らが健康被害の危惧を抱くであろうとし、このことから直ちに、申請人らの身体上に被害が及ぶ蓋然性が存在すると即断しているのである。
しかし、申請人らがその意識として被害の危惧を抱くことと、実際に身体上の被害が生ずる蓋然性のあることとは、全く別個の次元の問題であるのにかかわらず、原判決は、その間に何等の論理的説明も加えないまま、単なる申請人らの意識としての被害の危惧の存在をもつて直ちに健康に対する被害発生の蓋然性の存在を肯定する判断にすりかえているのであつて、かかる認定、判断は全く是認しがたい。
この点において原判決には、明らかに理由不備の違法があるといわざるを得ない。
3 申請人らの被害の蓋然性に関する疎明の不存在
申請人らの疎明を原判決の証拠説示から検討すると、
① ダウンドラフトの一般的な解説、
② 接地逆転現象の一般的な解説、
③ 申請人らが昭和五七年六月中の現地の風向、風速の頻度を調査したところ、名古屋航空気象台と風向の分布が相違していたこと、
④ また右調査によると、夕方と早朝に風速が静まり、山から山下側に向かつて吹く風があつたこと、それが午前九時ごろ逆になつたこと、
⑤ また申請人らは、現地につき、昭和五七年の春夏につき季節別の風向の頻度を調査したこと、
⑥ また申請人らは、特定日時における地上から四〇ないし一八〇メートルの高さの温度の変化を調査したこと、その特定日時の温度勾配によるとダウンドラフト、逆転層によるいぶし現象が発生するおそれがあること、
⑦ 申請人らが昭和五六年一〇月末から同五七年三月までの間に六回の煙流実験を行つたこと、
また、昭和五八年一一月九日午前九時二五分ごろにも同様の煙流実験を行い、冬期の大気が安定している日の朝方煙源から四〇〇メートル付近の地上に、時間の経過により煙源付近に煙の滞留が発生したこと、
の、以上七点に尽きている。
原判決は、右の各点を引用しているのであるが、申請人らの右調査の各観測値は、果して客観性を有する適正な観測方法によつたものかどうか明らかでなく、また、ダウンドラフトや接地逆転など拡散阻害気象についても、その頻度や程度もほとんど不明であり、他地域と比較して特に著しいものかどうかすら判明しないのである。煙流実験にしても、右と同様であり、煙の滞留がどの程度の濃度のものかさえはつきりしないのである。
原判決は、このような一部の住民による観測や印象を、その正確性及び客観性について十分の検討を加えることもなく、無定見にそのまま受け入れ直ちに被害の蓋然性ありと認定し、しかもこのことを本件焼却場の操業を差止めるほとんど唯一の資料としているのである。
4 申立人組合のなした被害の蓋然性がないことに関する疎明の存在
ひるがえつて、申立人組合は、本件焼却場の操業によつて、申請人らの身体上に健康被害が生ずる余地のないことについて、十分に、各疎明証拠によつてその疎明を尽くしたところである。すなわち、これらの各証拠によれば、本件焼却場は、①その立地条件において現況の環境濃度の低い地域であるうえ、②最新鋭の公害防止装置の結果その排出濃度は排出基準をはるかに下回つているのであつて、③着地濃度も拡散阻害の最悪気象条件のもとにおいて、本件焼却場が最大稼動をしたとしても、人の健康の保護と生活環境の保全のために維持されることが望ましいところの安全率を見込んだ基準である環境基準等をも十分満足できることが容易に認定できるのであつて、原判決の認定は、申立人組合のなした疎明を無視若しくは看過した判断で、到底是認しがたいものである。
5 アセスメントの不備のみを理由に仮処分差止請求を認容したことの違法性
前述のとおり、本件焼却場の操業に伴う被害発生の蓋然性について十分な疎明がないので、原判決は要するに本件ごみ焼却場のような施設についてはアセスメントに不備があるときは、そのことの故をもつて、直ちにその操業に対する差止請求が許容されるとの誤つた見解に立脚するものとしか理解できないが、かかる見解が誤りであることは以下に述べる。
(一) アセスメントに関する我が国の法規制
なるほど、ごみ焼却場を建設し、これを操業させるに当たつては、事業者において、環境アセスメントを実施することが望ましいことではあるが、現行法上二、三の個別法を除いて事業者に環境アセスメントの義務を課していると認められるべき法的根拠は見い出せないのである。また、このことは裏を返せば立法者においては、右個別法によつてアセスメントを義務付けられている各事業に比し、ごみ焼却事業については排出規制のみで十分であると理解されていることがうかがわれるから、被害発生の蓋然性についてのその存在を認むべき証拠や経験則もないのに、環境アセスメントの不備のみを理由に差止めを許容し得るとの本判決の見解は、この点において、まず到底支持し難いものである。
(二) 公共事業におけるアセスメントの現状
環境アセスメントの法制化については、アセスメントの化学的、合理的な技術手法の確立が先決であるとの理由等から、いまだその制定を得るまでに至つていない段階にあり、このように環境アセスメントの技術手法について通説的な基準、合意が確立されていないため、各種事業においては、必要に応じ各種事業者の判断で既知の化学的知見を用いて、可能な限り客観的な調査と予測評価を行つているのが現状である。
しかしながら、右のとおり通説的な基準がないため、担当庁の調査及び予測の手法並びに結果に対しては、おのおの独自の見解に立脚する批判が続出し、かくしてアセスメントの手法や範囲について際限のない混乱が生じ、国民の日常生活に必須の公共事業でさえ、その遅延が憂慮される事態もなしとしない。
現在行政各省庁では、環境アセスメントに当たつての気象資料については、その正確性を重視して、国又は地方公共団体等が設置する測定局、気象台又は測候所等の客観的測定資料を中心に行うこととしているのであつて、いかに現地における資料とはいえ資料の精度も定かでない住民の私的な観測結果を、何らの検討を加えることもなくそのまま採用する原判決の証拠判断は、現在実施されているアセスメントの手法を全く無視するものである。
(三) アセスメントの不備と差止請求許否の判断のありかた
以上を要するに、公共事業の操業によつて申請人らに受認限度を超えるような被害を及ぼす蓋然性がないならば、アセスメントの不備は、それのみを以つて差止請求の認められる根拠とはなり得ないというべきである。
原判決は、差止請求が認められるための前提要件たる被害発生の蓋然性について、その存在を証拠によつて認定することなく、アセスメントの不備のみをもつて、本件焼却場の差止めを命じているのであつて、この点において、原判決は全く違法と評するほかはない。
(四) 申立人組合が実施したアセスメントを不備とする判断の誤り
原判決は、ごみ焼却場のアセスメントにおいて、煙突から排出された大気汚染物質が具体的にどのように拡散し、着地濃度が環境基準値以下になるか否かを予測することは、通年(一年間)にわたる現地調査の結果を基礎としてこれを解析し、これに基づいて汚染物質の大気拡散の推定が行われるべきであるとしている。
しかしながら、通年(一年間)にわたり現地調査を行うにしても、いかなる調査方法によつて、いかなる頻度で行うかといつた、その具体的な内容については全く指摘していない。
申立人組合は、アセスメントの技術手法も確立されていない段階において、既に述べてきたとおり、近隣の客観的な気象資料を基に気象解析を行うとともに、最悪の気象条件下で拡散実験も行い、その上で環境への影響について、十分に安全率を見込んだ予測をなしてきた。
原判決は、本件焼却場建設地が複雑な地形にあるとか、複雑な局地気象が想定できるなどと強調して、いわゆる現地における通年の気象調査の必要を述べているが、日々変化して止まることがなく、年ごとの比較においても較差のある気象条件について、事前のアセスメント調査による予測は、あくまで予想の域を出ず、おのずからその精度にも限界があり、現地における通年の気象調査を過大評価することはできない。
したがつて、大気汚染物質を排出する事業において、公害防止のため第一に肝要なことは、気象資料をいたずらに克明に調査して、拡散計算をして事足れりとするのではなく、公害防止装置を十分強化するとともに、操業後においても常時環境濃度を観測し、それに応じて、適切な対応ができる体制を完備することにある。ちなみに申立人は当初から操業後の現地における環境濃度を常時観測し、それに応じ適切な処置を執ることを約束してきた。
原判決は、このように大気汚染の予測調査が一応の目安を得る目的のものであることに思い至らず、本件焼却場の公害防止能力とその立地条件及び操業後の常時観測体制について考慮を払うことなく、にわかに通年に及ぶ現地気象の調査を命じ、これを欠いたとの理由で、操業を禁止しているのであつて、環境アセスメントの役割を正解しないか、若しくは過大評価した誤りを犯しているものと言わねばならない。
三 保全の必要性の欠如
1 単なる被害の危惧と保全の必要性の欠如
原判決は、前述のとおり、申請人らが健康被害発生について危惧をもつことを理由に本件ごみ焼却場の操業の差止を認容しているのであるが、申請人らの単なる危惧のみを理由に禁止を認容することは、明らかに仮処分申請における保全の必要性の判断を加えていないか、その判断を誤つた違法があるというべきである。
2 本件焼却場の操業を緊急に差止めるべき必要性のないこと
仮に百歩譲つて本件ごみ焼却場の操業に伴つて健康に被害を及ぼすべき有害物質が許容限度を超えて排出され、大気を汚染し、その大気汚染によつて申請人らを含めた付近住民らの各種健康被害がありうるとしても、かかる被害といつたものは短時一過性が重要でなく、その汚染濃度とその継続時間を乗じた汚染量が問題視されるところ、原判決が懸念する強度の逆転層のヒューミゲーションや強風時のダウンウオッシュといつた現象は、年間を通じてその発生頻度はごく稀少と考えられるのであり、その継続時間もごく短時間に過ぎないから、これら現象の存在の故をもつて直ちに着地濃度が常に環境基準値を超えて危険な状態になるものではない。
したがつて、机上計算によつて着地濃度が一時的に基準値を超える場合がありうるとして、すべての操業を禁止すべき必要性があるとはいえない。
3 環境モニタリングシステムと保全の必要性の欠如
申立人組合は、本件焼却場を操業するにあたつては、申請人らの住居地を含めた野口住居地域に二四時間自動連続環境濃度測定器を設置し、常時大気汚染状況を監視することとしており、もし万一操業に起因して前記大気汚染物質が環境基準等を超えるような事態が発生したならば、焼却操業の調整、気象現象を考慮した操業の一時停止、その他所要の措置をとるべく予定しているところであるから、このような操業後の環境モニタリングシステムを考慮にいれることなく、公害物質除去施設として最新鋭の機器を備えた本件焼却場を操業させることのないまま全面的に操業禁止とする原判決は、明らかに、保全の必要性の判断を誤つたものである。
第三原判決の仮処分の執行により公益上回復することのできない損害が生ずること
一 旧焼却場の処理能力では、小牧・岩倉両市のごみの処理は不可能であること
申立人組合の業務対象区域は、小牧・岩倉両市であるところ、両市の人口は、近時名古屋市のベットタウンとして年々増加の一途をたどり、昭和五九年三月三一日現在における人口並びに世帯数は次のとおりである。
小牧市 人口 一一一、一九二人
世帯数 三三、〇八七世帯
岩倉市 人口 四二、三四〇人
世帯数 一二、八七八世帯
合計 人口 一五三、五三二人
世帯数 四五、九六五世帯
両市の人口の増加と消費生活の向上に伴い、両市のごみ排出量も左記のとおり増加の一途をたどり、ここ数年の間に倍増している。
昭和五一年度 一日当たり 56.8トン
昭和五二年度 一日当たり 71.3トン
昭和五三年度 一日当たり 82.8トン
昭和五四年度 一日当たり 79.8トン
昭和五五年度 一日当たり 92.3トン
昭和五六年度 一日当たり 100.4トン
昭和五七年度 一日当たり 108.9トン
昭和五八年度 一日当たり 120.0トン
昭和五九年度 一日当たり 140.0トン
(推定)
しかるところ、申立人組合の従来のごみ処理施設は次のとおりである。
1 ごみ焼却場(旧焼却場)
所在 岩倉市川井町江崎三八一九の一
工場面積 3986.4平方メートル
機械 機械化バッチ式焼却炉二基
処理能力 一日八時間稼動し一基当たり二〇トン
作業員 一六名
2 不燃物埋立処分場
所在 小牧市大字大草字年上坂五八二四の四
埋立面積 約三六、一〇〇平方メートル
作業員 四名
旧焼却場は、右のとおり、一日当たり八時間稼動し二〇トンを処理する焼却炉二基を設置し、ごみ処理をしていたが、かような稼動状況ではごみ量の増大に対応できなかつたため、昭和四五年八月三一日から一日八時間の正常運転から、一日二四時間稼動という連続運転を行うようになつた。ところが連続運転によりごみ量を処理しても、そのためかえつて性能は低減して二基で一日九〇トンを処理するのが最大限であつた。
このように旧焼却場の二四時間連続運転によつても、ごみ量の増大には応じきれず、昭和四六年一二月からは、ごみ焼却場にて焼却処理しきれないごみを直接前記埋立処分場へ持ち込むような状態に陥つた。このようにして、直接埋立処分場へ持ち込む量も毎年増加して、昭和五六年度以降は約一〇パーセントにおよんでいる。
旧焼却場におけるごみ処理の実情は以上のとおりであるが、旧焼却場の施設は、すでに一八年間にわたつて稼動しているうえに、昭和四六年からは二四時間連続運転という酷使を続けているため老朽化が極度に進んでいる。
また、埋立処分場も、右のように旧焼却場において焼却し切れなかつたごみを直接持ち込み埋め立て処理する方式を続けているので、さらにこれを続けていけば限界を迎えることになる。
二 旧焼却場を今後さらに継続操業すれば、災害及び公害の発生が憂慮されること
1 旧焼却場の操業に伴う災害面での憂慮
旧焼却場の施設は、二四時間連続運転に必要な機器冷却設備がないため、各駆動部が熱膨張してきており、また火床板、レンガ等が連続運転に耐える構造となつていない。このため、焼却炉を保護する必要から現在では、四時間運転し一時間自然冷却という方法でしか運転できない状態である。
そして、旧焼却場の施設自体老朽化、損傷が極度に進んでいるのである。すなわち、炉本体基礎の歪み、各駆動部の摩耗、変形、炉内レンガの脱落、火床板・コンベア・シュート等金属部分の腐触、熱損、さらに煙突内部レンガの脱落、煙突外部のクラック等その老朽損傷箇所は指摘すればきりがなく、焼却作業に支障をきたしているばかりでなく、いつ施設各所が破綻若しくは崩壊するやも知れない状態にある。このような施設条件にもかかわらず、日々増大発生するごみを放置できず、搬入されるごみを止むを得ず焼却処理している現状にある。
申立人組合は、原判決後旧焼却場の操業を再開する必要に迫られ、株式会社小川工業所に対し、旧焼却場各施設の機能調査を依頼したところ、同社は次のとおり報告している。
「昭和三九年より建設を担当してきました弊社は、この炉を充分知り尽くしていますので、今頃どのような調査報告すべきなのか、非常に迷いました。と申しますのは普通の調査は設備の機器を詳細に点検し、修理が可、不可、復旧の可否を診断報告すべきなのですが、この炉については、総論すればそんな生やさしい現状ではないからなのです。即、「修理不能」の診断といえるからです。各都市のごみ焼却場の同時期同機種の炉を比較するに、愛知県の安城市は約一四年間使用、瀬戸市は約八か年の使用で廃炉としています。小牧岩倉衛生組合は、建設当時の三倍以上ものごみ量を処理するため、稼動時間の延長、故障、修理、修繕並びに改造等のくり返しで、今日まで大きな事故もなく、故障もなく、急場をしのいできました。また、当時の設計業者の耐用年数は、七ないし一〇年位と言つており、それを大きくオーバーしています。それが今日なお、稼動している最大の理由は組合の技術職員の日夜にわたる涙ぐましい点検努力と、改造技術のおかげと考えます。しかし、この炉は今まで述べましたように完全に限界をすぎていますから危くて使用できないのです。いつ心臓部であるストーカーが切断するか分かりません。まつたく危険な現状です。ちようど、高齢の重病人にカンフル注射をうち、気力で何とか息をついでいる様子が、この小牧岩倉衛生組合の炉であります。こんな現状の機械炉は、日本にはもう一基もないと思います。」
また、旧焼却場の操業再開後間もなく、現場職員から、次のような異変が報告された。
「昭和五九年五月一一日の夕方、煙突上部・煙り返しの踊り場に巻いてある煙突筒身の亀裂進行防止と崩壊防止のためのステンレス・バンドが腐触によるものか、熱膨張によるものか確認できませんが、突然切れて、バンドの一部が垂れ下り、また握りこぶし大のコンクリート片も、二、三個同時に落下してきました。煙り返しの踊り場のコンクリートも、今までステンレス・バンドで締め付けられていたものが、急にゆるんだためにコンクリート片が非常に落ちやすい状態になつているものと思われます。このようなことから、この下で作業をする職員にとつては、非常に危険な状況の中で作業をしなければならず、常に生命の危険にもさらされているわけであります。」
以上を要するに、旧焼却場の炉をはじめ諸施設は、もはや老朽化が著しいなどという生やさしい言葉で表現できるものではなくいつなんどき破綻して、使用不能となつたり、作業員の生命、身体に危険を及ぼしたりするやも知れない限界状況にある。
2 旧焼却場の操業に伴う公害面での憂慮
旧焼却場の施設にはみるべき公害防除設備もなく、単に焼却に伴つて発生する排ガスを煙道に設置してある洗煙シャワーで洗い落すだけの原始的な施設であり、このため排ガスは排出基準にすら適合しないことも多々あり、灰汚水等は浄化処理されないまま、一級河川五条川にそのまま放流しているあり様である。そのため愛知県江南保健所から、次のとおり、再々にわたり、改善を求める勧告を受けてきた。
(一) 愛知県江南保健所の昭和五五年三月二五日付け改善勧告(排出水に関するもの)
「昭和五五年二月一五日貴焼却場に立入検査を実施した結果、旧焼却場より排出される排出水は左記のとおり昭和五五年五月一〇日以後適用される排水基準に適合していなかつたので、昭和五五年五月九日までに左記の排水基準に適合するよう改善して下さい。」との通知があつた。
記
検査項目
水素イオン濃度
生物化学的
酸素要求量
検出値
8.8
五七〇mg/ℓ
排水基準
5.8~8.6
一六〇mg/ℓ
(二) 同保健所の昭和五五年五月九日付け改善勧告(ばい煙に関するもの)
「大気汚染防止法二六条の規定に基づき立入検査を実施したところ、廃棄物焼却炉において発生する塩化水素は左記のとおり同法三条一項の規定に基づく排出基準に適合していなかつたので、適合するよう改善してください。」との通知があつた。
記
有害物質の種類
塩化水素
測定値
八二〇mg/ℓ
排出基準
七〇〇mg/ℓ
(三) 同保健所の昭和五六年一一月二〇日付け指導(ばいじん及び排出水に関するもの)
「立入検査の結果、左記のとおり措置するよう指導します。
① 分析結果のうち、ばいじん0.811g/Nm2は排出基準に適合しておりませんので適切な措置を講ずること。
② 排出水の分析結果で、水素イオン濃度9.4、生物化学的酸素要求量二一〇mg/l、浮遊物質三三三五mg/lは、これは水質汚濁防止法に定める排水基準に適合しておりませんので適切な措置を講ずること。」
との指導があつた。
(四) 同保健所の昭和五七年一月二六日付け指導通知(排出水に関するもの)
「貴事業所に立入検査を実施し、当該施設から放流する排水を検査したところ、水素イオン濃度9.2、生物化学的酸素要求量三六〇mg/lでありました。この状態が継続すると生活環境保全上の支障を生じるおそれがあります。ついては「廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則」四条の二で定める一般廃棄物処理施設の技術上の基準を遵守するよう万全を期して下さい。」
との通知があつた。
(五) 同保健所の昭和五八年一〇月二一日付け指導通知(排出水に関するもの)
「昭和五八年九月二日貴事業所に立入検査を実施し、当該施設から放流水を検査したところ左記のとおりでした。この状態が継続すると生活環境保全上の支障を生じるおそれがあります。ついては排出基準を遵守するよう万全を期して下さい。」
との通知があつた。
記
検査項目
検出値
水産イオン濃度
7
生物化学的酸素要求量
61.0mg/ℓ
化学的酸素要求量
三四〇mg/ℓ
カドミウム及びその化合物
0.02mg/ℓ
鉛及びその化合物
0.40mg/ℓ
申立人組合は、これらの再三の勧告、指導に基づき、その都度、改善について検討したところ、敷地面積が少なく、炉本体及び煙道、煙突の老朽化が著しいため、構造上現施設での抜本的な改善は無理であると判断されたものの、とにかく洗煙装置の改善、排水処理装置の補修を行い、排出基準にいささかでも近づけるべく努力を重ねた。
しかし、前記のとおり現施設での改善にはおのずから限界があることから、新たに建設された公害防除設備の完備した本件焼却場の操業開始により、抜本的解決をはかることが是非とも必要である。
以上を要するに、本件焼却場の操業がこのまま禁止され、旧焼却場で焼却処理を続けることとなれば、排出ガス及び排出水に関する排出基準を遵守することすら困難であり、周辺にいかなる公害を及ぼすかも知れないことが真に憂慮される状況にある。
三 旧焼却場の使用可能期限が切迫していること
また前述のとおり、旧焼却場の再使用については、地元住民の一応の同意を得られたものの、「覚書」からも明らかなとおり、「覚書交換後六か月後に、その後の継続使用について協議の上、可否を決定する。」(同覚書第五項)との暫定的なものにすぎない。
したがつて、六か月後(昭和五九年一〇月)には、旧焼却場が使用できないことは十分に予想され(特に、前項で述べたような旧焼却場の各施設、機械の損傷状況、老朽化に思いをいたす時、六か月後の再協議の際、地元住民の同意が得られない可能性が極めて高い。)、しかる時は両市のごみ処理は、全く解決策がたたれ、公衆衛生上、環境保全上の危機にひんすることは必至であると言わねばならない。
四 本件焼却場の操業禁止による回復し難い公益上の損害があること
以上のとおり、旧焼却場の再使用は、排ガス等による公害発生のおそれなしとせず、また施設の老朽化、損傷により、消防防災対策のうえからも予断を許さない状況にあり、要するに、周辺住民の犠牲と深刻な不安のなかで再開されているものである。
このように、旧焼却場の稼動は、限界状況にあり、いかに緊急の非常措置とはいえ、かかる異常な事態は、一刻も早く解消しなければならないが、さればとて、旧焼却場の再使用をあえてしないとすれば十五万市民の生活環境の確保はいうに及ばず、公衆衛生の確保もほかに解決策は見い出せないことが真に憂慮される。
またばく大な事業費を投じて建設された本件焼却場が、利用できないにもかかわらずその保守管理のみにも多大の費用を要し、これら日々増大していくこのような回復しがたい損害を未然に防止するには、本件焼却場の操業を開始することが必須であり、一刻も早く原判決の執行を停止する必要がある。
別表
(1) 大気汚染推定濃度(最大着地濃度地点)
二酸化硫黄
(PPM)
二酸化窒素
(PPM)
塩化水素
(PPM)
粒子状物質
(mg/m3)
RUN1
0.0024
0.012
0.004
0.004
RUN2
0.0034
0.9172
0.0057
0.0057
RUN3
0.012
0.060
0.020
0.020
(2) 大気汚染推定濃度(最大着地濃度地点)
二酸化硫黄
(PPM)
二酸化窒素
(PPM)
塩化水素
(PPM)
粒子状物質
(mg/m3)
RUN1
0.0005
0.0027
0.0009
0.0009
RUN2
0.0008
0.0038
0.0013
0.0013
RUN3
0.0024
0.0l19
0.004
0.004
(3) 推定値と現況値及び環境基準等との比較
汚染物質
大気汚染
推定値
現況値
環境基準等
1時間値
日平均値
1時間値
日平均値
二酸化硫黄
(PPM)
0.0024
0.014
0.008
0.1
0.04
二酸化窒素
(PPM)
0.0119
0.050
0.022
(0.1~0.2)
0.04~0.06
粒子状物質
(mg/m3)
0.004
※1
0.16
※1
0.070
※1
0.20
※1
0.10
塩化水素
(PPM)
0.004
0.010未満
※2
0.02
注 カッコ内は,中央公害対策審議会の答申値である。
※1は,浮遊粒子物質濃度である。
※2は,目標環境濃度(昭和52年6月16日環大規第136号)である。